稲冨英樹+小池克典
レコ発、お越しいただきました皆さま、ありがとうございました。
久々のステージはとても新鮮な気持ちで立つことができました。
最近色々な人のライブを頻繁に観ていたこともあり
あの場所に自分が立つということに対してもうすでに信じられないというか、他人事というか、必要以上に客観視してしまうようなところがあり、本当にステージに立つのか、と直前まで現実味のない時間を過ごしていましたが、当日のお昼に初めてバンド全体で合わせたときの頼もしさから気持ち良くコーラスできました。
今回主役のお二人、それからサポートメンバー以外の私の3名、(バンド 隣人 の宮部さん、めぐさん レーベル ギューンカセットの須原さん)とも一緒に演奏させてもらえてとても幸せでした。
改めてレコ発おめでとうございます。
そしてその直前に自分としてのソロのステージもさせていただいたわけですが、
ど緊張は毎回のこととして、ある部分でとても冷静に、かつここ最近では一番柔軟に演奏できたかな、と思います。
それだけに、「もっとできるのに、もっといい声出るのにな。」
という欲が出てきたというのは再開への大きなモチベーションになりました。
まぁギターに関しては今の実力はあんなもんだな、と思います。
実力の8割くらいは出たでしょう。上等だ。
体全体で味わうライブの気持ち良さ、っていうのをもしかしたら初めて感じられたかもしれないなあ。
お客さんが真剣に聴いてくれてるのもすごく伝わってきたし
すごくライブしたくなっている自分が芽生えているのがわかります。
それとともに、今の自分を表現する曲、あの気持ち良さを生かせる曲を書いていかないと、という気持ちも膨らみました。
ああ、ステージに立ちたい、ということを心の底から思えたのは久々だな
嬉しい。
またライブするときにはおしらせします。
そのときは宜しくお願いします。
改めて、ありがとうございました。
主に京都で唄を歌っています。フジコです。
ライブスケジュール:2024年 3月17日(日)京都一乗寺喫茶ウッドノート「弥生ノ二頁vol.12」 4月21日(日)京都西院ネガポジ「フジコ企画」
2018年11月21日水曜日
2018年11月17日土曜日
稲冨英樹+小池克典レコ発ライブ
明日です。
約1年半ほど前にサポート参加しました
稲冨英樹+小池克典ユニットの2ndアルバム
Au Revoir les Enfants さよならこどもたち
のレコ発が京都の夜想でおこなわれます。
バンドのコーラスに加え、フジコソロでもこの日一夜復活いたします。
約3ヶ月半ぶりのステージですが
なんだか1年以上離れていた気分。
少しリセットされた気がしています。
変われるように意識を集中しています。
今回のCDはジャケットデザインも担当させていただきました。
全国流通に乗る具体的な情報が少しずつ伝わってきていますが
まずはこのレコ発での発売が先行となります。
公式発売日は12月15日となりますのでネット上の通販や
タワレコなどでもお目にかかれる日が来るかと思います。
どうぞよろしくお願いします。
2018年11月18日(日)
京都 堀川御池 夜想
稲冨英樹+小池克典 2ndアルバムレコ発
Au Revoir les Enfants さよらこどもたち
出演:稲冨英樹+小池克典、隣人+MANDOG、フジコ
18:30オープン、19:00スタート
¥1,800+1drink¥500
約1年半ほど前にサポート参加しました
稲冨英樹+小池克典ユニットの2ndアルバム
Au Revoir les Enfants さよならこどもたち
のレコ発が京都の夜想でおこなわれます。
バンドのコーラスに加え、フジコソロでもこの日一夜復活いたします。
約3ヶ月半ぶりのステージですが
なんだか1年以上離れていた気分。
少しリセットされた気がしています。
変われるように意識を集中しています。
今回のCDはジャケットデザインも担当させていただきました。
全国流通に乗る具体的な情報が少しずつ伝わってきていますが
まずはこのレコ発での発売が先行となります。
公式発売日は12月15日となりますのでネット上の通販や
タワレコなどでもお目にかかれる日が来るかと思います。
どうぞよろしくお願いします。
2018年11月18日(日)
京都 堀川御池 夜想
稲冨英樹+小池克典 2ndアルバムレコ発
Au Revoir les Enfants さよらこどもたち
出演:稲冨英樹+小池克典、隣人+MANDOG、フジコ
18:30オープン、19:00スタート
¥1,800+1drink¥500
2018年10月19日金曜日
夢の中の味のはなし
気温が下がり、長袖Tシャツ一枚で過ごせる季節。
一年で一番過ごしやすい。
今年はこんな日が比較的続いてる感じがしてうれしい限り。
問題は気持ちよすぎてすぐ寝てしまうところ。今もあーねむ...
わたしは寝るのが大好きだ。子供の頃から疲れやすくてすぐに昼寝をしていた。
夜寝るのよりもまだ明るいうちに寝床じゃないところでまどろんで そのまま寝てしまう。
こんな幸せあるだろうか。
不眠だった頃はいくら横になってもぐっすり眠ることができなくて寝るのが気持ちいい と思えなかった。
だから今、何の濁りもなき眠気に襲われた時、横になってまどろむ ことのなんと幸せなことか。
特に何かに埋もれて寝るのが至福。昔は積み上がった座布団を上から抱きしめてねるのが最高だった。
今はたたむ前の洗濯物に埋もれてねるのが幸せだ。
よく夢を見る。
すっかり忘れていることがほとんどだが、説明が難しい夢ばかり見る。
潜水艦で移動するのが普通だったり
いきなり絶壁にいたり
登りすぎたら天井との間に押しつぶされる円形の大きなエレベータ ーに乗ってたり
そして決まってでてくる駅がある。そこへつながる路線沿線はどん どん拡張している、昨日も出てきた。 現実にはそんな駅見たことないのだけども。
ところで前にMCでも話したことがあるのだけど夢に出てきたせいで 食べられなくなったものがある。
水色の焼き菓子系スゥィーツだ。
具体的にいうとたまにコンビニやスーパーで販売しているヨーグル ト蒸しパンやらミント系のもの。
まだその存在が現実であまり出回っていないとき、それらしきもの が夢の中で出てきたのだが、その味と匂いが手形を撮るときに石膏 を流し込むための型取りとリンクしてしまった。
ミントと粘土が混ざったような匂いで、(もちろん現実に食べたことはないのだが)夢の中ではそこにヨーグルト味が混ざったような味。オエっとなり ながら食べていた。
ちなみに「型取り」というのはこれ。
トラウマが夢に出てくるならまだしも、夢がトラウマをつくるなん て。
ほかには見た目に恐怖を感じるようになってしまったものがある。
ウマヅラハギ。
(食べたらすこぶる美味しいのだそう。)
もともと潜在的に怖かったのかもしれないが夢以降怖くてたまらな い。
これ。
あー...こわ...
一年で一番過ごしやすい。
今年はこんな日が比較的続いてる感じがしてうれしい限り。
問題は気持ちよすぎてすぐ寝てしまうところ。今もあーねむ...
わたしは寝るのが大好きだ。子供の頃から疲れやすくてすぐに昼寝をしていた。
夜寝るのよりもまだ明るいうちに寝床じゃないところでまどろんで
こんな幸せあるだろうか。
不眠だった頃はいくら横になってもぐっすり眠ることができなくて寝るのが気持ちいい
だから今、何の濁りもなき眠気に襲われた時、横になってまどろむ
特に何かに埋もれて寝るのが至福。昔は積み上がった座布団を上から抱きしめてねるのが最高だった。
今はたたむ前の洗濯物に埋もれてねるのが幸せだ。
よく夢を見る。
すっかり忘れていることがほとんどだが、説明が難しい夢ばかり見る。
潜水艦で移動するのが普通だったり
いきなり絶壁にいたり
登りすぎたら天井との間に押しつぶされる円形の大きなエレベータ
そして決まってでてくる駅がある。そこへつながる路線沿線はどん
ところで前にMCでも話したことがあるのだけど夢に出てきたせいで
水色の焼き菓子系スゥィーツだ。
具体的にいうとたまにコンビニやスーパーで販売しているヨーグル
まだその存在が現実であまり出回っていないとき、それらしきもの
ミントと粘土が混ざったような匂いで、(もちろん現実に食べたことはないのだが)夢の中ではそこにヨーグルト味が混ざったような味。オエっとなり
ちなみに「型取り」というのはこれ。
トラウマが夢に出てくるならまだしも、夢がトラウマをつくるなん
ほかには見た目に恐怖を感じるようになってしまったものがある。
ウマヅラハギ。
(食べたらすこぶる美味しいのだそう。)
もともと潜在的に怖かったのかもしれないが夢以降怖くてたまらな
これ。
あー...こわ...
2018年10月7日日曜日
むにゅちゃん
そろそろ実家の元自分の部屋を片付けようと思う。
ずっと責められ 続けてる。まだ実行には至っていないが帰るたびにゴソゴソパンド ラの箱を開けながら様子を伺っている。
高校生の頃くらいを境に写真を整理しなくなったので、ポロポロと 撮った覚えのないものなどが出てきた。
あまりの自分の不細工さに あはは、これは大変だと苦笑いしながら一通り眺めた。 早く捨てよう。
色々こだわっているものを手放していく時期なんだきっと。物が捨 てられない人を卒業するんだ。
それにしても私は愛着の湧いたものを使い続けるタチらしい。
今の自転車は今年で20年乗り続けているし、
服だって中には高校生くらいから着ているものもあるくらい。
あるカバンも10年は使ってる。
新しいものは気に入らなければ無くす、壊す、存在を忘れる。
その中から勝ち抜きレースに勝利したものだけが年季を帯びた私の ものに育っていく。
否、育てるつもりなど毛頭なく、
使い心地が良いものになんとなく手が伸びるだけなんだ。きっと物 にまで甘えている。
まあそれは一般的でないにしても誰にでも小さい時に好きだったも のを思い出して胸がぎゅっとなることはあると思う。
私は幼い頃ぬいぐるみが大好きだった。
ごりら、うさぎ、さる、ぱんだ
中にはアニメのキャラクターものもあったが、それらは割と大きく なって自分の意思で欲しいと言ったものたちで、 物心つかない頃から家にあったものは、それとともに育った、家族 のような存在だった。
中でもとりわけ愛着の強かったものがある。
むにゅちゃん
と名付けた、今となっては何がモチーフになっているのか全くわか らないぬいぐるみ、
ソフトボールくらいの大きさで、薄黄緑色でパイル地の、いわばビ ーズクッション的な手触りの良さで、むにゅっとしているからむに ゅちゃんと呼んでいた。カバだったのかなぁ。
とにかく気の抜けた見た目で、寝るときも一緒だったしわりといつ も持ち歩いていた。
ある日、小学校低学年くらいか、
家に帰ると2.3体のぬいぐるみを残し全てがごそっと姿を消して いた。
母親に
ぬいぐるみは?と聞いた。
「汚いから捨てた」
消えたぬいぐるみの中にはむにゅちゃんもいたらしかった。
姿はどこにも見当たらなかった。
私はものすごくショックを受けていた。泣き叫び喚くくらいに。ところがなぜかそのとき何も言わなかった。
子供心ながらに
ショックじゃないふりをしなくてはならない
と。
決して聞き分けのいい子供ではなかったし、穏やかな兄に対して内 弁慶でわがままばっかり言ってた気がする。なのにその時は
うん
と静かに引き下がった。
大人にならないと。ぬいぐるみ卒業しなきゃ。
きっとそのとき私はぬいぐるみに甘えてる自分に気づいてしまった のだ。
執着心という甘えは今でもあまり変わっていないないかもしれない 。愛着は長い時間かけてジワジワあたたまっていく。
しかし人間関係の場合は自分の手の中で暖め続けられないから大変 だ。
ふっと手の届く範囲からいなくなってしまったりするから。
物にも人にも執着せずに軽やかに穏やかに生きたい。歳をとるご とに執着するものか増えてくとがんじがらめになってしまうもの。
あーあ、切ないことばかりだな。
写真は33年前のアテクシ。
原本の時点でピンボケである。
「全部体につけて」
とぬいぐるみと紐を母親に渡しお願いした時のことを今でも鮮 明に覚えている。
写ってないが背中にはむにゅちゃんもいるんだ。
ずっと責められ
高校生の頃くらいを境に写真を整理しなくなったので、ポロポロと
あまりの自分の不細工さに
色々こだわっているものを手放していく時期なんだきっと。物が捨
それにしても私は愛着の湧いたものを使い続けるタチらしい。
今の自転車は今年で20年乗り続けているし、
服だって中には高校生くらいから着ているものもあるくらい。
あるカバンも10年は使ってる。
新しいものは気に入らなければ無くす、壊す、存在を忘れる。
その中から勝ち抜きレースに勝利したものだけが年季を帯びた私の
否、育てるつもりなど毛頭なく、
使い心地が良いものになんとなく手が伸びるだけなんだ。きっと物
まあそれは一般的でないにしても誰にでも小さい時に好きだったも
私は幼い頃ぬいぐるみが大好きだった。
ごりら、うさぎ、さる、ぱんだ
中にはアニメのキャラクターものもあったが、それらは割と大きく
中でもとりわけ愛着の強かったものがある。
むにゅちゃん
と名付けた、今となっては何がモチーフになっているのか全くわか
ソフトボールくらいの大きさで、薄黄緑色でパイル地の、いわばビ
とにかく気の抜けた見た目で、寝るときも一緒だったしわりといつ
ある日、小学校低学年くらいか、
家に帰ると2.3体のぬいぐるみを残し全てがごそっと姿を消して
母親に
ぬいぐるみは?と聞いた。
「汚いから捨てた」
消えたぬいぐるみの中にはむにゅちゃんもいたらしかった。
姿はどこにも見当たらなかった。
私はものすごくショックを受けていた。泣き叫び喚くくらいに。ところがなぜかそのとき何も言わなかった。
子供心ながらに
ショックじゃないふりをしなくてはならない
と。
決して聞き分けのいい子供ではなかったし、穏やかな兄に対して内
うん
と静かに引き下がった。
大人にならないと。ぬいぐるみ卒業しなきゃ。
きっとそのとき私はぬいぐるみに甘えてる自分に気づいてしまった
執着心という甘えは今でもあまり変わっていないないかもしれない
しかし人間関係の場合は自分の手の中で暖め続けられないから大変
ふっと手の届く範囲からいなくなってしまったりするから。
物にも人にも執着せずに軽やかに穏やかに生きたい。歳をとるご
あーあ、切ないことばかりだな。
写真は33年前のアテクシ。
原本の時点でピンボケである。
「全部体につけて」
とぬいぐるみと紐を母親に渡しお願いした時のことを今でも鮮
写ってないが背中にはむにゅちゃんもいるんだ。
2018年9月24日月曜日
独りで呑んだ話
独りでお酒を呑んだ。
あまりに過ごしやすい夜の気温に無性に鴨川で呑みたくなった。
前日からツイッターで募集をかけたが誰も捕まらなかったので、 はは、相変わらず友達少ないなぁ、まぁいいか、 と一人で小さなシードルの瓶と生ハムやら買って仕事場から少し離 れたところまで自転車を走らせ、 ちょっと広めのベンチに腰掛けた。
聞く話では昼間やたらと人が多かったというので、 そして三連休のなか日というので、 そこらじゅうで酒盛りが繰り広げられているのかと思ったが、 ものすごく静かだった。そして真っ暗だった。
時折背後を通る人の影を街灯が長く伸ばして私のところまで届いた のでまるで真うしろに人がいるのかと何度かビクッとしたが
粗めのうろこ雲が広がる空から明るい光が出たり入ったりする様は 幻想的でしばらくぼんやり眺めていた。 本当の満月は明後日らしい。
一人暮らしは当然一人でいる時間が長い。
でもこんな風に風景に埋もれて静かに過ごすのは案外久しぶりかも しれない。
向かいに見えた大きな建物は府立医大病院かな、 中から誰かが赤外線を使って観察してたらどうしよう。 別にいいか。
川面に揺れる光を見つめてゴッホの絵みたいだなあと思いながらぼ ーっとした。
最近ネガポジの濁濁ばかりだったからワインでわりとお酒が周り気 分良くなって左脳モードから久々に右脳モードに切り替わり気分良 く自転車を漕いでかえった。
帰り道にある人から連絡きたけどもう家に向かっていたのでまたね と、そのまま帰った。
なんでもできそうな気分だったけどちょっと作業をしたら寝てしま っていた。
疲れてたんだな。
こんな日がもっとあってもいいなぁと思った日曜の夜の話。
でもまあこんなばかりだと寂しいので時々は構ってください。
あまりに過ごしやすい夜の気温に無性に鴨川で呑みたくなった。
前日からツイッターで募集をかけたが誰も捕まらなかったので、
聞く話では昼間やたらと人が多かったというので、
時折背後を通る人の影を街灯が長く伸ばして私のところまで届いた
粗めのうろこ雲が広がる空から明るい光が出たり入ったりする様は
一人暮らしは当然一人でいる時間が長い。
でもこんな風に風景に埋もれて静かに過ごすのは案外久しぶりかも
向かいに見えた大きな建物は府立医大病院かな、
川面に揺れる光を見つめてゴッホの絵みたいだなあと思いながらぼ
最近ネガポジの濁濁ばかりだったからワインでわりとお酒が周り気
帰り道にある人から連絡きたけどもう家に向かっていたのでまたね
なんでもできそうな気分だったけどちょっと作業をしたら寝てしま
疲れてたんだな。
こんな日がもっとあってもいいなぁと思った日曜の夜の話。
でもまあこんなばかりだと寂しいので時々は構ってください。
2018年9月22日土曜日
土曜の朝は生温く私にまた会いに来る
外で雨がしとしと降っている。
ポタポタ水が落ちる音と
トン、トン とトタンの上に落ちるような一定のリズム。
5時48分。
また変な時間に目が覚めてしまった。
最近胃の調子がおかしい。
脂っこいものを食べているわけでもないのに胃もたれしたような感 覚だ。
昨日の吉田寮も雨がしとしと降っていた。
先日の台風の爪痕、多くの木が伐採され、寮よりずっと大きな木が倒れて寮に覆いかぶさるようにもたれている。 まだまだ片付けが必要な状態だ。
前回と同じ、 廊下から外に向かうドアの庇の下に腰掛けてカッターナイフで5B の鉛筆を削り始めた。
時折荷物が届いただとか、集合を呼びかける館内放送が流れる。 受付の女性と思われるそっけないアナウンスが心地いい。
たまに寮生が背後の廊下を通り過ぎる 。
しばらく描いていると取材と思われる一団が機材とともに4, 5名私の横を通り過ぎて外に出て行った。
外に向かって開く両開きのドアは片方が開いていて私の左側は人が 通れる状態だ。
前とは違う方向を向いて描き始めた。
止まっているように見えて時折微かに動くその景色を眺めていると 、何かの声が聞こえて周りを見渡した。 何にもないと思ったその瞬間、 開いた扉を挟んだ向こう側に動く黒いものがいた。 ドアの下に10センチほど隙間があるのでこちらに向けているお尻 だけがのぞいている。ここに住まう黒猫くんだ。
会うたびに軽く挨拶していたのだが今日は向こうから出向いてくれ た。声をかけると
ニャア
と言って返事をしてくれる。
ぱたっぱたっと尻尾を不定期に横に揺らしな がら地面をトントンしている。
機嫌は悪くなく、それとなくこっちに合図を送っている、 でも触れるのにはもう少し時間が必要だ。
10分ほどそばにいて、 トンッと下に降りてこちらを気にしながら私に背中を見せるように 静かに去って行った。
夏の間は蚊に刺されるので1時間のスケッチが限界だったが、 涼しくなったと油断したら20箇所くらい刺されて足首が真っ赤に なったので1時間半で終わりにした。
足を踏み入れる前にはいつも少し緊張する。
そして外に出るときには少し自分が変化したような気分になって別 の時間が流れる外の世界に出ていくかんじだ。
誰に向かってでもなく小さな声で
ありがとうございます
と言って寮をあとにした。
外が少し明らんできた。雨あしは強まっているみたい。
そろそろ起きよう。
おはようございます。
ポタポタ水が落ちる音と
トン、トン とトタンの上に落ちるような一定のリズム。
5時48分。
また変な時間に目が覚めてしまった。
最近胃の調子がおかしい。
脂っこいものを食べているわけでもないのに胃もたれしたような感
昨日の吉田寮も雨がしとしと降っていた。
先日の台風の爪痕、多くの木が伐採され、寮よりずっと大きな木が倒れて寮に覆いかぶさるようにもたれている。
前回と同じ、
時折荷物が届いただとか、集合を呼びかける館内放送が流れる。
たまに寮生が背後の廊下を通り過ぎる 。
しばらく描いていると取材と思われる一団が機材とともに4,
外に向かって開く両開きのドアは片方が開いていて私の左側は人が
前とは違う方向を向いて描き始めた。
止まっているように見えて時折微かに動くその景色を眺めていると
会うたびに軽く挨拶していたのだが今日は向こうから出向いてくれ
ニャア
と言って返事をしてくれる。
ぱたっぱたっと尻尾を不定期に横に揺らしな
機嫌は悪くなく、それとなくこっちに合図を送っている、
10分ほどそばにいて、
夏の間は蚊に刺されるので1時間のスケッチが限界だったが、
足を踏み入れる前にはいつも少し緊張する。
そして外に出るときには少し自分が変化したような気分になって別
誰に向かってでもなく小さな声で
ありがとうございます
と言って寮をあとにした。
外が少し明らんできた。雨あしは強まっているみたい。
そろそろ起きよう。
おはようございます。
2018年9月18日火曜日
そういう問題じゃない。
仕事に行ったら休みだった。2回めだ。
朝からシャワーを浴び、かさ高い髪を乾かし、 粗末な化粧をし、
先月頭から通い出した水墨画の運筆のおけいこをし、
身の回りを簡単に片付けてバタバタと家を出てきたというのに。
どうにかこの時間をムダにしないよう、 仕方なくチェーン店のカフェで新品のノートとにらめっこしている 。
時間をムダにしないというと真っ先に浮かぶのは何かしらのアイディアを書き留めることだ、コンビニに入って適当なノートを手に取り今ジャズの流 れるカフェにいる。
本当はこういうカフェは出張を彷彿とさせるので地元のオシャレたちが集まる町屋カフェもしくは日差しの入る純喫茶にで も入りたかったのだがみんなオープン時間がおそかったり改修中だったりして振られ振られて流れ着いて今小さなトーストと甘くて冷たいコーヒーを啜っている。
罫線との睨み合いは続く。
じーっと観ているとこんな無印のノートの紙にも漉き目があっ て縦向けに刷毛目ならぬローラー目のようなものが入っているのがわかる。
あぁ、美しいなぁ...
えーっと、構想を練るためにここに来たんだった。
...そろそろスケッチを作品にしようかな。今回はエスキースちゃんと作ったほうがいいな。スケッチ…吉田寮...そういえばこの間あの人とすれ違ったなぁ、 声かけられなかったけどかけてたらどうだっただろう。 声かけたあの子は久々だったしあまり話もしなかったけど元気だったんだろうか。あの人とあの人は3日連続で出会ったなぁ...
構想を...
...本当に作業するスピードが遅いな。思考スピード自体が遅い。いや、いろんなことを一気に同時に考えすぎて進まないんだ。あれもしたいしこれもしたいけど行動力も体力もないなぁ。 ど根性で生きたら果たして幸せなんだろうか。 でもきっとやりたいことを遂げるためにはど根性も必要だな、 いやでも昨日のニュースで取り上げられてた88歳でニューヨーク で活躍するジャズミュージシャンの人は練習が好きで好きでたまらないと言っていたし、無理やりやってもな。そういや誰か言ってたな。人が変わるには時間の使い方を変えるしかないって。一番無駄なのが決意を新たにするということ云々...
構想...
(ガタガタ、「おまたせー」)...今来たサラリーマン風の男性はと先に座ってた女の子は会社の先輩後輩かな。声はいいけど口調はお調子ものだわね、なんか白々しい会話が始まった、実家より独り暮らしが快適なのね。女の子の事を狙っているのかしら。先輩風がすごい。なんか前にもこんな人に出会ったような。最初に働いた会社の人かしら、それとも取引先の人だったかな、世渡り上手そうね、でもプライド高くて案外面倒くさいタイプかも...
……
お尻の下に手を敷く癖があるので手の甲にソファの布目が映ってボ コボコになっている。
浮腫みやすい。
結局2頁だけ使ったノートをカバンに押し込んで店を後にした。
朝からシャワーを浴び、かさ高い髪を乾かし、
先月頭から通い出した水墨画の運筆のおけいこをし、
身の回りを簡単に片付けてバタバタと家を出てきたというのに。
どうにかこの時間をムダにしないよう、
時間をムダにしないというと真っ先に浮かぶのは何かしらのアイディアを書き留めることだ、コンビニに入って適当なノートを手に取り今ジャズの流
本当はこういうカフェは出張を彷彿とさせるので地元のオシャレたちが集まる町屋カフェもしくは日差しの入る純喫茶にで
罫線との睨み合いは続く。
じーっと観ているとこんな無印のノートの紙にも漉き目があっ
あぁ、美しいなぁ...
えーっと、構想を練るためにここに来たんだった。
...そろそろスケッチを作品にしようかな。今回はエスキースちゃんと作ったほうがいいな。スケッチ…吉田寮...そういえばこの間あの人とすれ違ったなぁ、
構想を...
...本当に作業するスピードが遅いな。思考スピード自体が遅い。いや、いろんなことを一気に同時に考えすぎて進まないんだ。あれもしたいしこれもしたいけど行動力も体力もないなぁ。
構想...
(ガタガタ、「おまたせー」)...今来たサラリーマン風の男性はと先に座ってた女の子は会社の先輩後輩かな。声はいいけど口調はお調子ものだわね、なんか白々しい会話が始まった、実家より独り暮らしが快適なのね。女の子の事を狙っているのかしら。先輩風がすごい。なんか前にもこんな人に出会ったような。最初に働いた会社の人かしら、それとも取引先の人だったかな、世渡り上手そうね、でもプライド高くて案外面倒くさいタイプかも...
……
お尻の下に手を敷く癖があるので手の甲にソファの布目が映ってボ
浮腫みやすい。
結局2頁だけ使ったノートをカバンに押し込んで店を後にした。
2018年9月14日金曜日
渡辺あやさんとワンダーウォール
近ごろ京大吉田寮にほんのりとお邪魔している。
スケッチをさせてもらっているのだ。
絵を描く行為は「画面に記録する」以上に、目と体が一体化して、 ものすごい量の情報や経験を吸い込むことができる手段だと思って いる。
つまり私はそのためにも出入りさせてもらっているのだろう。 あの空気を吸いに行っているのだ。
9月末に京大から退去期限を通告された吉田寮をモデルとしたNHKの 京都放送局発ドラマ「ワンダーウォール」がBS放送され、 小さなムーブメントはツイッターなどで拡散されて広がりをみせておりついに再々放送が地上波でされることが決まった。
吉田寮内もイベントが活発化し、 寮生が一般の人に寮内を案内するツアーを行ったり、 これまでに関わってきたミュージャンが食堂でライブを行い、 それをたくさんの人が見に行くとなど、 それぞれがそれぞれの方法で問題を大きくし、より多くの協力を集めながら寮を守ろうとしている。
吉田寮は寮だ。
だからあくまで寮に住まう人たちが主役である。
しかしすでにその存在は単なる寮を超えてそれを守ろうとしている 人それぞれのなにか「大切なもの」の象徴となっている。
吉田寮を守ることは、ムダがとことん排除される世の中で、 なんとか「ムダ」の中に含まれる大事なもの、それぞれの心の居場所を確保することそのものであり、それぞれが当事者意識をもって行っているように思えるし、きっと外部とのコミュニケーションが苦手な住人たちでも最後の手段としてそれを受け入れることで取り壊しを阻止しようと積極的に動いている。
わたしもなにやら自分自身がぽっかりと空いたこのタイミングで出会うべ くして出会ってしまった、そんな感じだ。
ワンダーウォールの脚本を手がけたのは、 朝ドラのカーネーションの渡辺あやさん。
渡辺あやさんの作品との出会いの初めは、「ジョゼと虎と魚たち」 だった。
なんとなくレンタルしたのだが、正直、 当時私の好みではなかった。 覚えているのは江口のりこさんがすごい女優だなぁと思ったくらい 。
そこからしばらくあいて次はテレビで放送されていたドラマの「 火の魚」。
これはなんだか観た直後はそれほど大きな衝撃ではなく、 じわじわ印象に残って離れなくなった。 わたしはこの作品で初めて尾野真千子さんを知った。
その時の演技がとても印象的で。
彼女はカーネーションの主役も務めた。
その時の演技も素晴らしかった。他の俳優さんの演技も素敵だった。
そしてやはり脚本がよかったのだ、どうしても離れないシーンがあった。
戦争から帰ってきた心を病んだ幼馴染の母親( 濱田マリさん演じる) が主人公の尾野真千子演じる糸子の家に土砂降りと雷の中すごい形 相で怒鳴り込んでくるシーン。
あんたあの子になにゆうたんや、 あんたの前向きさは今のあの子には毒や
というかんじのセリフだったと思う。その時の濱田マリさんの演技はもの凄い迫力だった。
また、さらに、印象的だったのは、 糸子がそのことにショックを受けつつも、
私は私で生きて行かなあかんねん
と、それを振り払って進んで行くのである。
視点が行ったり来たりする。
それぞれの気持ちがあってどうしようもなくそうなっていってしま う、
ワンダーウォールもそんなドラマだ。
明確な悪者は描写しない。
でも何かそれぞれが考えさせられるものになっている。
物語の核から、そして小さなエピソードのひとつひとつから。
それぞれが渡辺あやさんの脚本、ということは実はつい最近知った。
わたしが心掴まれるもののツボのなかで自分自身自覚がある感覚、
それは映画やドラマに限らず。
わたしはその感覚を「透けた眼差し」と呼んでいる。
目の前の社会のことを見透かしてもっと向こう側を捉えている。 虚無感であり、自由であり、 命や宇宙といった身近で遠いものの存在と、 それを映す小さな現実だ。
渡辺あやさんはそういうものを丁寧に描こうとする脚本家、なのだと思う。
脚本、演技、監督
全ての人にその視点がある時、
奇跡的に生まれるもの。
そういうものは最近少なくなってきているのかもしれない。 大人の事情をなぎ倒してでも良いものを作りたい、という熱量。
そういった意味でもワンダーウォールは貴重な作品だ。
整然とした綺麗でわかりやすい形を求められる世の中ですうっと消えてしまいそうななにかを
消えないで! と手の中に握り締めようとする気持ちが今回のこの吉田寮を取り巻く一連の動きに働 いているように感じる。
私などは求心力も説得力もあるわけでなく吹けば消える小さな存在だが、「人が何かを思う」ということはそれだけですごいことなのだと常々考えているので、私の気持ちが動いていることも自分なりに尊重してみようと思ったのだ。
来週の月曜日、今から3日後、
地上波での放送、楽しみにしている。
9月17日(月・祝)ドラマワンダーウォール
NHK総合
14時〜
わたしもテレビがないので今回は実家に帰って観ます。
スケッチをさせてもらっているのだ。
絵を描く行為は「画面に記録する」以上に、目と体が一体化して、
つまり私はそのためにも出入りさせてもらっているのだろう。
9月末に京大から退去期限を通告された吉田寮をモデルとしたNHKの
吉田寮内もイベントが活発化し、
吉田寮は寮だ。
だからあくまで寮に住まう人たちが主役である。
しかしすでにその存在は単なる寮を超えてそれを守ろうとしている
吉田寮を守ることは、ムダがとことん排除される世の中で、
わたしもなにやら自分自身がぽっかりと空いたこのタイミングで出会うべ
ワンダーウォールの脚本を手がけたのは、
渡辺あやさんの作品との出会いの初めは、「ジョゼと虎と魚たち」
なんとなくレンタルしたのだが、正直、
そこからしばらくあいて次はテレビで放送されていたドラマの「
これはなんだか観た直後はそれほど大きな衝撃ではなく、
その時の演技がとても印象的で。
彼女はカーネーションの主役も務めた。
その時の演技も素晴らしかった。他の俳優さんの演技も素敵だった。
そしてやはり脚本がよかったのだ、どうしても離れないシーンがあった。
戦争から帰ってきた心を病んだ幼馴染の母親(
あんたあの子になにゆうたんや、
というかんじのセリフだったと思う。その時の濱田マリさんの演技はもの凄い迫力だった。
また、さらに、印象的だったのは、
私は私で生きて行かなあかんねん
と、それを振り払って進んで行くのである。
視点が行ったり来たりする。
それぞれの気持ちがあってどうしようもなくそうなっていってしま
ワンダーウォールもそんなドラマだ。
明確な悪者は描写しない。
でも何かそれぞれが考えさせられるものになっている。
物語の核から、そして小さなエピソードのひとつひとつから。
それぞれが渡辺あやさんの脚本、ということは実はつい最近知った。
わたしが心掴まれるもののツボのなかで自分自身自覚がある感覚、
それは映画やドラマに限らず。
わたしはその感覚を「透けた眼差し」と呼んでいる。
目の前の社会のことを見透かしてもっと向こう側を捉えている。
渡辺あやさんはそういうものを丁寧に描こうとする脚本家、なのだと思う。
脚本、演技、監督
全ての人にその視点がある時、
奇跡的に生まれるもの。
そういうものは最近少なくなってきているのかもしれない。
そういった意味でもワンダーウォールは貴重な作品だ。
整然とした綺麗でわかりやすい形を求められる世の中ですうっと消えてしまいそうななにかを
消えないで!
私などは求心力も説得力もあるわけでなく吹けば消える小さな存在だが、「人が何かを思う」ということはそれだけですごいことなのだと常々考えているので、私の気持ちが動いていることも自分なりに尊重してみようと思ったのだ。
来週の月曜日、今から3日後、
地上波での放送、楽しみにしている。
9月17日(月・祝)ドラマワンダーウォール
NHK総合
14時〜
わたしもテレビがないので今回は実家に帰って観ます。
2018年9月1日土曜日
人の名前が覚えられない
もの忘れが著しい。
物事の大小関わらず、出来事の一部、 ひどい時にはエピソード記憶そのものがスコーンと吹っ飛んでしまう。
過去の思い出を同級生やサークルの仲間と話していても、 そんな話あったかな、そもそも○○(登場人物)って誰だっけ、 いやその前にその年一年私何をしていたんだったかな。 時空が歪んだのかなぁ。
その割に幼い時のことは鮮明に覚えていることが多い。
留守番していて寂しくなったので車通りの多い歩道 のない道路を経て約1キロほど離れた、母親が行くと いっていた病院まで探しに行ったこと、 近所のおばちゃんに見つけられて連れて帰ってもらったこと(3歳)、
獅子舞に頭を噛まれるのが怖すぎで母親にしがみついて頑なに拒否 していたこと(3歳)、
父と兄と3人で保津峡で川遊びしたこと、 売店でブルーベリーガムを買ってもらったこと、お昼のほか弁はハンバーグ弁当だったこと(4歳)、
京都タワーにおじいちゃんと兄と3人で行ってお化け屋敷に入って 怖すぎておじいちゃんの体に顔を埋めて一度もおばけを見なかったこと(4歳)、
などなど
しかしどうやら最近疑っているのが、
忘れっぽくなっているということを差し引いても、 元々の脳の処理がそのような構造になっているのではないか、 思考パターンがそのように出来上がっているのではないかというこ と。
つまり幼い時の記憶というのは言語や情報が複雑になる前の出来事で、景色、色、音そういう漠然としたイメージなのだ。
それが学校へ行き始め、 人間関係も複雑化してくると文字情報のインプットが多くなる。〜 だからああだった、〜した結果こうなった。 そうなるともうダメだ。
どうやらわたしは大人になった今でも物事を言語化せずに文字になる前の印象で全て把握しているらしい。
仕事などになるともう大変だ。
「なんか違う、けど何がどう違うか説明できない」
そしてそれは人の名前を覚えるときにも例外なく。
私は物事全て大体のことに色や硬さ、 重さなどがあって、そういう印象でインプットしているらしい。 例えば、あの人はこういう色の印象の人だった、 名前はこういう色合いを感じる音、文字列だった。
人物像とその色や雰囲気、 硬さなどの印象が実際の名前のそれと一致して入れば問題がない。 しかしこれが違ってしまうともう覚えられない。
無理やりその二つを繋げていく必要がある。
かつて勤めた会社で、ある先輩がおり、どう見てもそのひとは「 とおる顔」だった。
しかし実際の名前は「ケン」だった。
ケン...
とおるはもちっとしている
ケンはカリッとしている。
とおるはやわらかい
ケンはかたい
とおるはおもたい
ケンは軽い
とおるはしめっている
ケンは乾いている
とおるは紫
ケンはオレンジ
もうダメだ、
そう思っていた時、その時の上司が言った。
「お前ケンっていうのか、嘘だろう、
とおるじゃなかったか?
どうみてもとおるだろう」
その上司はおそらくかつてヤンキーの使いっ走りだったお調子もの( メーカーの営業のくせにソフトリーゼント、 しかも新入社員の営業担当のわたしにパンツスーツ禁止令を出した ために油くさい工場をスカートで回らなければならなくなったとい う厄介者であった)という感じだったので共通点を探す方が難しいくらいだったのにあまりのドンピシャに少し驚いた。
まあ、だからこういう印象での処理は他の人も絶対持っているはずなのだ、
ただ、私が文字情報を記憶する能力が欠けているためにそれに過度に頼らざるおえない状況になっているということなんだろう。
私はこれを読んでくれているあなたにも勝手に色をつけ、 名前にも色をつけ、
「あー、○○というより×× という名前っぽいなあ」
と勝手に思いながら接しているかもしれません。
物事の大小関わらず、出来事の一部、
過去の思い出を同級生やサークルの仲間と話していても、
その割に幼い時のことは鮮明に覚えていることが多い。
留守番していて寂しくなったので車通りの多い歩道
獅子舞に頭を噛まれるのが怖すぎで母親にしがみついて頑なに拒否
父と兄と3人で保津峡で川遊びしたこと、
京都タワーにおじいちゃんと兄と3人で行ってお化け屋敷に入って
などなど
しかしどうやら最近疑っているのが、
忘れっぽくなっているということを差し引いても、
つまり幼い時の記憶というのは言語や情報が複雑になる前の出来事で、景色、色、音そういう漠然としたイメージなのだ。
それが学校へ行き始め、
どうやらわたしは大人になった今でも物事を言語化せずに文字になる前の印象で全て把握しているらしい。
仕事などになるともう大変だ。
「なんか違う、けど何がどう違うか説明できない」
そしてそれは人の名前を覚えるときにも例外なく。
私は物事全て大体のことに色や硬さ、
人物像とその色や雰囲気、
無理やりその二つを繋げていく必要がある。
かつて勤めた会社で、ある先輩がおり、どう見てもそのひとは「
しかし実際の名前は「ケン」だった。
ケン...
とおるはもちっとしている
ケンはカリッとしている。
とおるはやわらかい
ケンはかたい
とおるはおもたい
ケンは軽い
とおるはしめっている
ケンは乾いている
とおるは紫
ケンはオレンジ
もうダメだ、
そう思っていた時、その時の上司が言った。
「お前ケンっていうのか、嘘だろう、
とおるじゃなかったか?
どうみてもとおるだろう」
その上司はおそらくかつてヤンキーの使いっ走りだったお調子もの(
まあ、だからこういう印象での処理は他の人も絶対持っているはずなのだ、
ただ、私が文字情報を記憶する能力が欠けているためにそれに過度に頼らざるおえない状況になっているということなんだろう。
私はこれを読んでくれているあなたにも勝手に色をつけ、
「あー、○○というより××
と勝手に思いながら接しているかもしれません。
2018年8月6日月曜日
2018年7月29日日曜日
台風過ぎて
ラストツーマン、終了しました。
共演のICHIさんのライブは
初期の曲から現在の曲までおりまぜたもので、
ICHIさんの心境をなぞることができた。
この人も音楽に救われた人だな、と。
久々に見てくれたコに
「なぜ休むかわからない」
と言われた。
嬉しかったけど、
これでいいのだ。
わからん屋のマスターからは
「歌いたくて歌いたくて仕方ない、というわけではないんやろ」
と言われた。
ちょっと違うけど
うまく答えられなくて伝わらなくて困った。
食べ物が気管支に詰まった感じなので
一回げほげほしたい。
そんな感じ。
しばし籠ります。
またね。
共演のICHIさんのライブは
初期の曲から現在の曲までおりまぜたもので、
ICHIさんの心境をなぞることができた。
この人も音楽に救われた人だな、と。
久々に見てくれたコに
「なぜ休むかわからない」
と言われた。
嬉しかったけど、
これでいいのだ。
わからん屋のマスターからは
「歌いたくて歌いたくて仕方ない、というわけではないんやろ」
と言われた。
ちょっと違うけど
うまく答えられなくて伝わらなくて困った。
食べ物が気管支に詰まった感じなので
一回げほげほしたい。
そんな感じ。
しばし籠ります。
またね。
2018年7月26日木曜日
暗闇というお風呂に浸かっている
私が歌い始めて10年ちょっとになる。
同情を買いたいわけでもないのでプレーンなエピソードとして受け止めていただきたく記すのだが、私が歌い始めた時はそれはそれは悲壮感に溢れており、ひどい状況だった。
逃げ道のように歌い始めた歌だったが、その悲壮感をそのまま出すということに抵抗を感じるという妙な冷静さもあり、そういうものはできるだけ抑え、歌詞の中に自分だけにわかる暗号のように気持ちを消化する形で「藤子」という名前で活動を始めた。
体は常に重く横になっているだけでもわけのわからない焦燥感に駆られて冷や汗をかきながら浅い眠りを繰り返すような毎日だった。それを人前でできるだけ出さないように気をはっていたので家に帰るとそのまま倒れこむような状態だった。自分がやっているものが音楽として成立しているのか、他人から受け入れられるものなのかも冷静に判断することもできなかった。けれど、不思議なことに音楽を始めたことがきっかけで、その時々、自分を救ってくれる不思議な出会いが連鎖するようになった。(これはありがたいことに、10年経った今でも継続中である。)
音楽を始めて1年半ほど経った頃だろうか。なんとなく自分の歌の幅を広げたい気持ちや、暗いものをそのままどん底に暗い形で外に出したい気持ち、自分の好きなものではなく自分に合っていることを探りたい気持ち、そんなことから「藤子」とは別名義の「フジコ」というのをはじめた。予想を上回りそれまでよりもさらに人との関わりを広げることになった。暗さは暗さを呼ぶ。その暗さは、暗さに対して親和性のない人からは近づきがたさや抵抗感を持たれているだろうという自覚はある。(実際私のあまりの悲愴っぷりに共演者の人に演奏終了後「大丈夫か?」と声をかけられたこともあった。)しかしその時の自分はまだまだ救われる必要があったし、少数の引き合う人たちとの交流で少しずつ癒されていった。
2011年には音源も作ったし、それを持ち歩いて名古屋や長野にも行かせてもらった。
明後日共演させていただくICHIさんともそんな中出会った共演者の一人だった。
正直、自分がそんな朦朧とした状態で演奏していたものだから、初期の頃の共演者のことというのをあまり覚えていなかったりする。(共演者だけではないか。全体的に自分が存在しているという実感が薄く、他人に自分が見えている感覚が乏しかったかもしれない。)
ICHIさんと初めて出会った時のエピソードといえば、ゆるキャラについて話したことくらい。くまモンがまだブレイクしていなかった頃に、「これはキャラとして完成しすぎているのでゆるキャラではない」だの、「これからはおかざえもんがくる」だの、覚えているのは演奏とは全く関係のないそんな話だ。
ICHIさんと再会...というか、より日常的に存在を認知することになったのは烏丸丸太町のライブハウスSLOW HAND、喫茶てふてふをとりまくお店の方・ミュージシャンの方々とのつながりだった。私はなぜか「烏丸丸太町の壇蜜」という謎の異名をつけられ、(音楽に関わる場が唯一自分に女であることを許していたようなところがあったので逆に自分がそんなに媚を売っているように見えるのかと少々不安になったが)自分の存在をなんらかの形でイジってもらえたことによって、自分の居場所を与えられたような安心感を感じたものだ。
ICHIさんは、私なんかのなよっちいものではなく、相当波乱万丈な人生だったのだろう、と歌を聴いているだけでも伝わってくる塊がある。暗い、という言葉でひとまとめにすることに抵抗があるが、ICHIさんの音楽は日常の煩わしい喧騒から身を隠す闇の持つ優しさが充満しており、重い中にもなぜが安心感を覚えてしまうミュージシャンだ。だから今回ツーマンのお話をいただいた時にとても嬉しかった。
私が休業宣言をしてしまったばっかりに、ツーマンをラストブッキングライブと重ねてしまって申し訳なかったが、いまの私にできることをしたいと思う。
私も随分元気になった。体が動くというのは、感情が動くというのは本当にありがたい。
だからといって心の底の薄暗い部分が消えたわけではないし、消そうとしてはいけないのだと思う。
それはすでに私の性格の一部になっているだろうし、人の痛みに対する想像力を得るためには今の自分に不可欠なものである。
ただ、やはりこのままのかたちで音楽を続けていくにも限界を感じる。過去の自分に負けている気がする。
残る部分もあるだろうが、今回のこの休止により、いまの自分に合った形を模索していきたいと思っている。
明日のライブ、ぜひ来てくださいという文章にする予定だったのだが、
台風がなんというタイミングか、直撃しそうな予報が出ている。
無理はしないでください。
でも来ていただけたらとても嬉しい。
よろしくお願いします。
7月28日(土)
京都烏丸丸太町SLOW HAND
ICHI・フジコツーマンライブ
19時オープン、19時半スタート
チャージ1500円+オーダー
同情を買いたいわけでもないのでプレーンなエピソードとして受け止めていただきたく記すのだが、私が歌い始めた時はそれはそれは悲壮感に溢れており、ひどい状況だった。
逃げ道のように歌い始めた歌だったが、その悲壮感をそのまま出すということに抵抗を感じるという妙な冷静さもあり、そういうものはできるだけ抑え、歌詞の中に自分だけにわかる暗号のように気持ちを消化する形で「藤子」という名前で活動を始めた。
体は常に重く横になっているだけでもわけのわからない焦燥感に駆られて冷や汗をかきながら浅い眠りを繰り返すような毎日だった。それを人前でできるだけ出さないように気をはっていたので家に帰るとそのまま倒れこむような状態だった。自分がやっているものが音楽として成立しているのか、他人から受け入れられるものなのかも冷静に判断することもできなかった。けれど、不思議なことに音楽を始めたことがきっかけで、その時々、自分を救ってくれる不思議な出会いが連鎖するようになった。(これはありがたいことに、10年経った今でも継続中である。)
音楽を始めて1年半ほど経った頃だろうか。なんとなく自分の歌の幅を広げたい気持ちや、暗いものをそのままどん底に暗い形で外に出したい気持ち、自分の好きなものではなく自分に合っていることを探りたい気持ち、そんなことから「藤子」とは別名義の「フジコ」というのをはじめた。予想を上回りそれまでよりもさらに人との関わりを広げることになった。暗さは暗さを呼ぶ。その暗さは、暗さに対して親和性のない人からは近づきがたさや抵抗感を持たれているだろうという自覚はある。(実際私のあまりの悲愴っぷりに共演者の人に演奏終了後「大丈夫か?」と声をかけられたこともあった。)しかしその時の自分はまだまだ救われる必要があったし、少数の引き合う人たちとの交流で少しずつ癒されていった。
2011年には音源も作ったし、それを持ち歩いて名古屋や長野にも行かせてもらった。
明後日共演させていただくICHIさんともそんな中出会った共演者の一人だった。
正直、自分がそんな朦朧とした状態で演奏していたものだから、初期の頃の共演者のことというのをあまり覚えていなかったりする。(共演者だけではないか。全体的に自分が存在しているという実感が薄く、他人に自分が見えている感覚が乏しかったかもしれない。)
ICHIさんと初めて出会った時のエピソードといえば、ゆるキャラについて話したことくらい。くまモンがまだブレイクしていなかった頃に、「これはキャラとして完成しすぎているのでゆるキャラではない」だの、「これからはおかざえもんがくる」だの、覚えているのは演奏とは全く関係のないそんな話だ。
ICHIさんと再会...というか、より日常的に存在を認知することになったのは烏丸丸太町のライブハウスSLOW HAND、喫茶てふてふをとりまくお店の方・ミュージシャンの方々とのつながりだった。私はなぜか「烏丸丸太町の壇蜜」という謎の異名をつけられ、(音楽に関わる場が唯一自分に女であることを許していたようなところがあったので逆に自分がそんなに媚を売っているように見えるのかと少々不安になったが)自分の存在をなんらかの形でイジってもらえたことによって、自分の居場所を与えられたような安心感を感じたものだ。
ICHIさんは、私なんかのなよっちいものではなく、相当波乱万丈な人生だったのだろう、と歌を聴いているだけでも伝わってくる塊がある。暗い、という言葉でひとまとめにすることに抵抗があるが、ICHIさんの音楽は日常の煩わしい喧騒から身を隠す闇の持つ優しさが充満しており、重い中にもなぜが安心感を覚えてしまうミュージシャンだ。だから今回ツーマンのお話をいただいた時にとても嬉しかった。
私が休業宣言をしてしまったばっかりに、ツーマンをラストブッキングライブと重ねてしまって申し訳なかったが、いまの私にできることをしたいと思う。
私も随分元気になった。体が動くというのは、感情が動くというのは本当にありがたい。
だからといって心の底の薄暗い部分が消えたわけではないし、消そうとしてはいけないのだと思う。
それはすでに私の性格の一部になっているだろうし、人の痛みに対する想像力を得るためには今の自分に不可欠なものである。
ただ、やはりこのままのかたちで音楽を続けていくにも限界を感じる。過去の自分に負けている気がする。
残る部分もあるだろうが、今回のこの休止により、いまの自分に合った形を模索していきたいと思っている。
明日のライブ、ぜひ来てくださいという文章にする予定だったのだが、
台風がなんというタイミングか、直撃しそうな予報が出ている。
無理はしないでください。
でも来ていただけたらとても嬉しい。
よろしくお願いします。
7月28日(土)
京都烏丸丸太町SLOW HAND
ICHI・フジコツーマンライブ
19時オープン、19時半スタート
チャージ1500円+オーダー
2018年7月17日火曜日
ライブ活動休止します。
突然ですが
7月28日は音楽を始めたSLOW HANDで
うたうたいICHIさんとのツーマン、
その後は、コーラスで参加させていただいた
稲冨英樹さんと小池克典さんのユニットのレコ発で
秋頃に歌わせていただくのが一旦最後になります。
まずはツーマン、ぜひお越しくだいませ。
おまちしております。
ライブ活動を休止することにしました。
ある日突然湧き上がった思いでしたが一晩考えてSNSで発信しました。
思っていたよりも反応していただき、おかしな表現かもしれませんが、
あ、みんなと同じ時間軸に生きているんだな、と実感しました。
決めたのは一晩ですが薄々考えていたことなのだと思います。
決めたのは一晩ですが薄々考えていたことなのだと思います。
いつも自分の真意を伝えることに苦労しますので、
不義理を働いている皆さまには申し訳ありません。
一人で決めて急に全体に発信しましたが後悔はしていません。
みんなから色々と意見をいただくとまた続けてしまいそうだったので。
それでも良かったのかもしれません。
でもここで一旦区切りをつけることにしました。
理由は単純なことで
自分のライブが許せなくなってしまいました。
これも結局自分の感覚ですので、休んだからといって
再開した時に客観的にみれば何も変化しておらず
じゃあ休まなくても良かったのではないか、
となる可能性も否定できません。
でも、誤解を承知で言いますと
自分のためにうたっています。
誰に頼まれたわけでもないのに
人に聴いてもらうために曲を勝手に作り、
ライブハウスという場を与えていただき、
足を運んでいただく。
頼まれてもいないのに自分の納得いかないものを
大きな労力をかけて続けることで
このままいけば
空白の時間がただ流れるだけで
自分にとって歌うことそのものの意味が
完全に失われてしまうのではないかと思いました。
ただ、これまでのライブを適当にこなしていたわけではありません。
もがいてももがいても成果が結果に現れている実感がなくなってしまいました。
歌い始めた頃はそんなことなかったと思います。
わがままで始めたことを
わがままでやめるので
他人から見ればどうでもいいようなことだとは思います。
これは来ていただいたお客さんやお店の方、気にしていただいている方のみに
向けて発信しています。
自分に嘘つかないために休止するので、
再開する時は少なくとも、自分が納得して始めるはずです。
やっぱりがっかりしたとしても
休んでうまくいかなかったら今度はまた別の方法でもがきます。
休んでいる間は、自分の生活基盤の方を整えながら、
飛び入りなどで演奏することは続けていくつもりです。
またtwitterなどで飛び入り出没情報など発信するかもしれませんので
ご興味あれば一緒に飲みましょう。
ライブ活動をはじめて約10年間
お世話になりました。
案外早く帰ってくるかもしれませんが
今度はいつと言えません。
このブログは続けていこうと思います。
音楽のこと以外のことが中心になっていくかもしれませんが、
ゆるーくおつきあいくださいませ。
不思議なもので、休止するという宣言をしてこの数日、
とても歌い始めた時と似た感覚を取り戻し始めているような気がします。
辛気臭い文章になってしまったかもしれませんが
おつきあいありがとうございました。
7月28日は音楽を始めたSLOW HANDで
うたうたいICHIさんとのツーマン、
その後は、コーラスで参加させていただいた
稲冨英樹さんと小池克典さんのユニットのレコ発で
秋頃に歌わせていただくのが一旦最後になります。
まずはツーマン、ぜひお越しくだいませ。
おまちしております。
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