物事の大小関わらず、出来事の一部、
過去の思い出を同級生やサークルの仲間と話していても、
その割に幼い時のことは鮮明に覚えていることが多い。
留守番していて寂しくなったので車通りの多い歩道
獅子舞に頭を噛まれるのが怖すぎで母親にしがみついて頑なに拒否
父と兄と3人で保津峡で川遊びしたこと、
京都タワーにおじいちゃんと兄と3人で行ってお化け屋敷に入って
などなど
しかしどうやら最近疑っているのが、
忘れっぽくなっているということを差し引いても、
つまり幼い時の記憶というのは言語や情報が複雑になる前の出来事で、景色、色、音そういう漠然としたイメージなのだ。
それが学校へ行き始め、
どうやらわたしは大人になった今でも物事を言語化せずに文字になる前の印象で全て把握しているらしい。
仕事などになるともう大変だ。
「なんか違う、けど何がどう違うか説明できない」
そしてそれは人の名前を覚えるときにも例外なく。
私は物事全て大体のことに色や硬さ、
人物像とその色や雰囲気、
無理やりその二つを繋げていく必要がある。
かつて勤めた会社で、ある先輩がおり、どう見てもそのひとは「
しかし実際の名前は「ケン」だった。
ケン...
とおるはもちっとしている
ケンはカリッとしている。
とおるはやわらかい
ケンはかたい
とおるはおもたい
ケンは軽い
とおるはしめっている
ケンは乾いている
とおるは紫
ケンはオレンジ
もうダメだ、
そう思っていた時、その時の上司が言った。
「お前ケンっていうのか、嘘だろう、
とおるじゃなかったか?
どうみてもとおるだろう」
その上司はおそらくかつてヤンキーの使いっ走りだったお調子もの(
まあ、だからこういう印象での処理は他の人も絶対持っているはずなのだ、
ただ、私が文字情報を記憶する能力が欠けているためにそれに過度に頼らざるおえない状況になっているということなんだろう。
私はこれを読んでくれているあなたにも勝手に色をつけ、
「あー、○○というより××
と勝手に思いながら接しているかもしれません。
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