2021年5月14日金曜日

20210514


麻紀さんが死んでしまった。

麻紀ちゃんこと野村麻紀さんのが亡くなったのを知った日、2カ所の場所へ出向く選択肢があったが、原因不明の強烈な頭痛と吐き気に襲われてそのまま一人で過ごした。体のしんどさもそうだったけれど、そこをおしてでも行かなかったのは別の感情があったからだと思う。


どちらに出向いたとしても、みんなから愛された麻紀さんの死を悼む人々がたくさん集まっている。私もよく顔を合わせたとはいえ、二人で遊んだことや深く話したことなどなかった。きっとその場所に行けば悲しむみんなの話を聞くだけで自分の気持ちを抑えなくてはならない気がしたのだと思う。私が悲しむのがなんだか申し訳ないような気持ちになってしまっていただろう。体の不調、心の引っ掛かり、どちらかでもなければ行っていたかもしれないけれど、こうなったのは運命としか言いようがない。私は静かに自分の中の麻紀さんと向き合って過ごすことにした。もしかしたら後から後悔するかもしれないけれど。


麻紀さんにまつわる今更の後悔は尽きないし、きっとみんなもそうだったと思う。私は正直、いっとき麻紀さんと関わるのが怖かった。あることでライバル心を持たれているのがわかったし、それは彼女の見当違いの部分が多分に含まれていたし、麻紀さんとは話す前から遠い憧れの人だったから私が麻紀さんに歌うたいとしても人間としても敵うはずない、何を言ってるんだろう、と思っていたけれど、ごく最近、少し仲良くなれそうな気がしていた。女同士の話をしてみたかった。分かち合う気持ちがあると思ったのに。


麻紀さんとの思い出といえば、麻紀さんと話すようになってごく始めの時は私の「ガラクタ」という曲を気に入ってくれて「ポケットの〜なか〜の〜」とコブシの効いた節回して歌ってくれた。ある時からはいつも私のしていた黒くて丸い大きなピアスを「あさま山荘の鉄球」と呼んでくれた(ボロボロになったので最近はしていなかったけれど)。麻紀さんの異名、「京都の歌姫」とかけて私に「京都の嫁」と名付けれくれたこともあったな。


いろんな人の麻紀さんとの思い出がTwitterのタイムラインに流れてきて、麻紀さんでいっぱいになった。近づきがたい美しさの若い頃の麻紀さんもたくさん流れてきて、仲良くしてもらった親しみやすい印象とはまた違った、憧れの遠い存在の麻紀さんだった。


麻紀さんが亡くなってまだ1週間も立っていないというのに、その事実は私の何かをしっかりと変えたと思う。


私はやっぱり描くしかないって思い始めたこの頃の気持ちをさらに強く後押しした。

明日死ぬかもしれない。私は麻紀さんのように自分が納得するほど何かを成し遂げたことがあっただろうか。本人は否定するだろうけれど、彼女の音源やみんなの悲しみは確実に彼女の成したことの大きさを突きつけるものだった。

何かを成し遂げないと生きている意味がないなんていうことは全く思わないけれど、せめて今自分の中にあるものくらいは形にしてみたい。このモヤモヤとした人生が少しは変われるかもしれない。


私は過去の自分の選択について一つ大きな後悔をしているけれどももし生まれ変わったら迷わず京都の美大を目指し、もっと早くに歌い始め、あの頃の京都でマキさんの近くの空気の中に入り込む青春を送りたいと思う。

それでも麻紀さんの人生の最後少しだけ関われて良かったと思います。

亡くなってからも麻紀さんから学ぶことは感じることは多いのだろうな。


世の中にはマキさんを知らない人の方が多いのだし、麻紀さんを知らない人にとってはコロナを除けば変わらず日常の1日だったのだろうけれど、私にとっては、時代が一つ、終わった。そんな気がします。

思い出というのは救いでもあり残酷で、麻紀さんに嫌われてるんではないかと怖かったこととか全部どっかに言ってしまって、悪い思い出さえもキラキラと、良い思い出はさらにキラキラと写ってしまって、ボロボロ泣いてしまったりするだろう。


私の直近のライブをマキさんは見にきてくれていて、Twitterで私の写真とその日を楽しんでくれている様子をあげてくれて私はそれをリツイートしたんだけれども、時間が経つにつれてそれがどんどん流れていって消えていってしまうのが悲しくて、部屋にはつい1ヶ月前の麻紀さんの誕生日イベントに出た時にもらったたくさんの飴ちゃんがそのまま置いてある。麻紀さんのサイン入りCDや、「あさま山荘の鉄球」ピアスの壊れたパーツや。


今も「野村麻紀」「麻紀ちゃん」とかで検索すると、みんなが麻紀さんについてつぶやいている。

私は相変わらず湿っぽいから遠くで麻紀さんは辛気臭そな顔をしているだろう。
それとも私のことなんて気にしてくれないだろうか。


亡くなってもなおみんなに影響を与え続ける麻紀さんはこうやって永遠に手の届かない憧れになってしまったけれど私は私の足を絡め取る執着を全て捨てて自分の足で歩きたいと思います。


バイバイマキちゃん




2021年2月10日水曜日

20210210

歌うたいのだいすけさんのCD「40才」のジャケットデザインさせていただきまして。


いい歌がいっぱい入ってますよ。

各会場で手売りされてます。


よろしくお願いします。 



2021年2月5日金曜日

20210205

 にわかに慌ただしい日々を過ごしています。

うまくいかないこともいろいろあるけれど、どういうわけか昨年後半くらいから不思議なことがポツポツと起こり始めて、自分ががむしゃらに走る、というよりはもがいている私を乗せた船がゆっくり動き出したという感じでそれも加速度的になっているみたい。私が倒れようがもがこうが勝手に船は進んでいくので「どこにいくの〜」と戸惑いながらもその船が沈まないように一生懸命舵をとっているような感じです。今年の年末にはどんな風になっているのだろう。

腰が重い私を急かすように、目標に向かって小刻みに締め切りがやってくるもので、否応なしに前に進まされているのはとてもありがたいこと。体はいうことなかなかきいてくれないけどちょっとずつ付き合い方を学んでいるところです。

2月24日、とても楽しみにしていたネガポジのツーマンライブ、緊急事態宣言の延長により延期となりました。面白いブッキングだからちゃんとしたい、とお店から言っていただき、また改めてということです。落ち着いてそこに向かえるのが嬉しい。ネガポジ移転5周年記念ライブ、大好きないしぐろあやのちゃんと初めてご一緒するYatchiさんと対バンです。堂々と告知できる世の中になっていて欲しい。

また改めましてお知らせします。

2021年1月18日月曜日

20210117

 今日は不調で頑張ってアトリエに行ってみたけれどちょっとだけしか進まなかった。でもちょっとだけ進んだからよしとしよう。

昨日から少し怒りについて考えてみたけれど、何回か実際に正面から怒ったことあるな。まず怒りがないわけではなくて、怒りの元凶まで遡らないと怒りがわかない、なぜそうなったかよくわからない時点で沸点が振り切れることというのがない、というのと、怒りより悲しいという気持ちが勝つことが多いというのと、実際怒りのような感情が湧いてきたときに、伝えようとすると罵声より先に涙が出て言葉にならないというのと、単に怒るだけの反射神経と相手を罵るだけの理論武装ができないというのと。しかしその覚えてる数少ない相手に怒った時も、私が泣きながら訴えてきた、という評価に変わっていたのでやっぱり怒っててもちゃんと怒れてないんだなって思う。まあ、大声で怒鳴るだけが怒りでもないですし。怒りに似た感情が何かよくする行動に繋がればいいなと思う。うまく表現できないけど。まあだからと言って朗らかなわけでもないし近寄りがたいと言われることも割とある。昔は怒ってるの?と言われることもあったな。黙ってたりただ普通に話してるときに。それも本心伝わってないという意味では困ったものだ。しかし考えると怒らなく、怒れなくなったのは社会人になってから心や体壊してからだな。人にはいろんな事情があって、あらゆる理由でそうなっているというのを理解してきたときに、果たしてその人だけが悪いのか?環境が、もっと言えば、その人がうまくいかないシステムが出来上がっている。ちょっとしたことの積み重ねでそうなってないか、とか考えるようになってしまって。・・・まあいいか、怒りの話はこれで終わりです。システムの話はまたそのうちするかも。あと個人的には何かをコテンパンにやっつけるより、別のうまくできる方法、こんがらがっている糸と全く違う糸を調達してくる方がいいと経験上思うのです。うまくできない人は実際うまくできる方法が見つからなくて本人も困っていることが多い気もしていて、案外別案を持って行ったらすんなり納得したり。人は希望に向かって集まるものなんでしょう。みんな苦しいのは辛い。よしよし。

最近はある人にアトリエのような作業場のような場所を与えていただき、まあ、荷物のある倉庫の一部なんですけど。今年行う個展のための研鑽についての空間的な問題は解決できた。やっぱり、空間がないという以上に、気持ちの切り替えができないということがとても大きくて、自転車で20数分の場所、というのもとてもちょうどいい。まだ通い始めて数日なので、もっと時間を有効に使えるようになってお昼休みは屋上でギターの練習でもできたら最高だな。やあ、なるようになれという今です。

やらなきゃいけないことが2つあるのですけどこれを書いて集中力を高めてみました。

さー、やるかー

2021年1月17日日曜日

20210116

 自分の気持ちに素直になるって文字で頭に浮かぶことはあってもなかなか本気で向き合う・・・いやこの言葉も使い古されすぎて、何というのか、対話?カウンセリング?・・・どうにもならなくならない程度にちょっとずつ嘘をつく癖がついているというか、どうにか少しずつ、外に出すにはすぐできないとしても、自分の中でなかったことにしないように気をつけながら生活してみようと。よくよく考えるといろんなことに対する腰の重さもそういうところから来ているような。気持ちを心の中で言葉にしてみるというのを試してみようと思いました。ちょっときっかけがあってそんな風に思っています。そうやって考えてみると、私の中にはあまり怒りというのがないな、と思う。怒らないと、とか、怒りこそ、的な論調を最近目にすることが割とあるんだけれど、やっぱり原因を知りたいとは思うしよくしたいとは思うんだけれど、喜怒哀楽における、ものすごい怒り、というのが自分の中にあまり見つからないんですよね。イライラとか、何でそんなことするの?とかはあるんですよ。でも、怒りともちょっと違うような。そのうち本気で怒り散らしているかもしれませんが、そんな時は怒りを見つけたんだな、と思ってください。イライラして何でそんなことするの?は怒りなのかもしれないけど笑 ちょっと違う気がするので怒りを探してみたいと思います。

2021年1月6日水曜日

20210105

あけましておめでとうございます。

新年明けてしばらく経ちましたが、皆さまいかがおすごしでしょうか。

コロナの影響でどこも時短営業、私も前回の年末まではわからん屋にいたので年越しを何年も家で迎えることはもう6〜7年ぶりでせっかくなので実家に帰って年越しのニシンそばをコタツで食べながら紅白を見るというお手本のような年末年始を過ごした。やっぱり本当は毎年こんな風に過ごしたい。知らない歌手ばっかりになったとしても紅白を観て、ゆく年くる年の鐘の音で新年を迎え、おもしろ荘でケラケラ笑い初めをして、コタツの中でグダグダしながら元旦の朝を迎えたいのだ。

久々の紅白は無観客だったけどよかった。背景のCGはダサかったし(Eテレなどは垢抜けた番組が多いのにナゼ?)総合司会がアナウンサーじゃなかったのも何となくしっくりはこなかったけれど、とはいえ、案外私の青春時代にヒットしたような曲が多くて、久々に見るアーティストなど、懐かしくてほっこりしてとてもよかった。久々に観る玉置浩二はヒゲの生えたドクターキリコのような綺麗な白髪姿で(曲も田園でよかった)、氷川きよしはTMさんかな?という風貌、音楽(最後にドラゴンボールの曲なのだとわかった)でSuperflyの衣装は相変わらず素敵で歌詞は大好きだった元スーパーカーの石渡淳治(スーパーカー時代の歌詞が好き)でスーパーつながりやなあ、で聖子ちゃんは相変わらず歌が上手くて、出てきた当時はR&B寄りの音楽はそこまで好きじゃなかったけどだんだん好きになってきたMISIAが大トリだった(落馬から復活されて何より)。中学生の私が20年ちょっと後に紅白に椎名林檎が出て大トリがMISIAだと知ったら驚くだろうな。トリは美空ひばりやサブちゃんなイメージだった。

こんな風に呑気に正月を迎えたけれど、コロナで苦しんでいる方や医療従事者の方のことを忘れちゃいけないな、と思う。静かにしていた方が感染を広げないし、家でダラダラしてるのが人のためになるんだったらいくらだってするけれど、できることはほとんどなくても「気に留めておく」ということはとても大事だと思う。自分のためにも。


音楽活動で始めたこのブログですが、今年は絵モードでやっていきますので、絵についての記事が多くなるかもしれませんがご興味あればゆるりとお楽しみください。