棕櫚の家

永い 坂道の先に
古い 忘れられたアパートが
息を潜め 佇む

古い 絵画の背景のような グレーの空に
一羽の カラスが 飛び去る
一本の 似つかわしくない 棕櫚の樹が
庭先から伸びて ドアの前に影を作る


三階の隅の部屋 若者は
独り絵を描き 唄を歌う
喧騒から逃れ たどり着いたこの部屋

壁に染み込んだ 絵の具のにおいと ギターの音が
彼の生きた証 向こう側に広がる
広い世界を 信じた


かつて 一組の男女が
身を潜めて 暮らした
しがらみから逃れ たどり着いたこの部屋

床に染み込んだ 涙の跡と 笑い声が
二人の生きた証 向こう側に広がる
自由な世界を 信じた


幻想から 解き放たれた世界は
河の流れに浮かべて
二度と戻らないの?


かつて そこに住んだ人が
ドアを 閉め忘れて
いつか ここに戻ると行ったきり

錆びた配管と 手すりの中に刻まれた日々は
世間の流れから 遠く 遠く離れ
別の時空へ繋がる

一本の 似つかわしくない 棕櫚の樹が
庭先から伸びて ドアの前に影を作る


時は来た

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