今日は不調で頑張ってアトリエに行ってみたけれどちょっとだけしか進まなかった。でもちょっとだけ進んだからよしとしよう。
昨日から少し怒りについて考えてみたけれど、何回か実際に正面から怒ったことあるな。まず怒りがないわけではなくて、怒りの元凶まで遡らないと怒りがわかない、なぜそうなったかよくわからない時点で沸点が振り切れることというのがない、というのと、怒りより悲しいという気持ちが勝つことが多いというのと、実際怒りのような感情が湧いてきたときに、伝えようとすると罵声より先に涙が出て言葉にならないというのと、単に怒るだけの反射神経と相手を罵るだけの理論武装ができないというのと。しかしその覚えてる数少ない相手に怒った時も、私が泣きながら訴えてきた、という評価に変わっていたのでやっぱり怒っててもちゃんと怒れてないんだなって思う。まあ、大声で怒鳴るだけが怒りでもないですし。怒りに似た感情が何かよくする行動に繋がればいいなと思う。うまく表現できないけど。まあだからと言って朗らかなわけでもないし近寄りがたいと言われることも割とある。昔は怒ってるの?と言われることもあったな。黙ってたりただ普通に話してるときに。それも本心伝わってないという意味では困ったものだ。しかし考えると怒らなく、怒れなくなったのは社会人になってから心や体壊してからだな。人にはいろんな事情があって、あらゆる理由でそうなっているというのを理解してきたときに、果たしてその人だけが悪いのか?環境が、もっと言えば、その人がうまくいかないシステムが出来上がっている。ちょっとしたことの積み重ねでそうなってないか、とか考えるようになってしまって。・・・まあいいか、怒りの話はこれで終わりです。システムの話はまたそのうちするかも。あと個人的には何かをコテンパンにやっつけるより、別のうまくできる方法、こんがらがっている糸と全く違う糸を調達してくる方がいいと経験上思うのです。うまくできない人は実際うまくできる方法が見つからなくて本人も困っていることが多い気もしていて、案外別案を持って行ったらすんなり納得したり。人は希望に向かって集まるものなんでしょう。みんな苦しいのは辛い。よしよし。
最近はある人にアトリエのような作業場のような場所を与えていただき、まあ、荷物のある倉庫の一部なんですけど。今年行う個展のための研鑽についての空間的な問題は解決できた。やっぱり、空間がないという以上に、気持ちの切り替えができないということがとても大きくて、自転車で20数分の場所、というのもとてもちょうどいい。まだ通い始めて数日なので、もっと時間を有効に使えるようになってお昼休みは屋上でギターの練習でもできたら最高だな。やあ、なるようになれという今です。
やらなきゃいけないことが2つあるのですけどこれを書いて集中力を高めてみました。
さー、やるかー