2020年1月18日土曜日

アステカの少女

前回の本屋さんの話につながる、できるだけ書店で買いたいけどAmazonで買った本の話。


普段本をほとんど読まない私が前々から一番好きな本として公言していた本、児童書である「アステカの少女」。私が小学生の頃には推薦図書になっており、かなり一般的に図書室や図書館に置かれていた本なのだと思う。
絶版になりずいぶん経つし、作者の畑山博さんは芥川賞作家で宮沢賢治の研究者でもあった方で2001年に既に亡くなっている。彼の唯一書いた児童書がこの作品だという。(ネット上にあった引用元が削除されたのか今調べても見つからない)
ネット上ではプレミアがつき、当時800円だったその本も2万以上の値が付いていたりする。私は10年以上買おうかどうか迷っていたのだけれど、先日値が少し下がったものが出ていたので一生もののつもりで買った。(買わなかった理由は金額だけでもないのだけど)






物語はもちろん、挿絵、装丁、どれをとっても作品の神秘的なイメージや世界を壊さないようにかなり気配りがされている。小学生〜中学生向けなのでさほど長い話ではないのだけれど内容はSF的な要素を含んでいたり(正直SFの定義があまりわかっていないのだけれど)歴史や異国の文化に触れていたりしているが、骨子は12歳の少年の物語。読後はなんとも切ない気持ちになるお話。


児童書とは言っても子供に媚びるものでなく、今その本について語っている感想をネット上で見つけても、大好きだったのでまた読んでみたいという言葉が頻出する。大人が読んでも響く表現を保ちながら、目線を子供に落とした上でふりがなやくどくない説明で知識の足りないところだけ補う形。
少ない語彙や文字数で核心に迫らなくてはいけないので大人向けより難しいのかもしれない。


とにかくわたしの中には潜在的にこの物語や挿絵や装丁が表現の基準の一つに染み付いている感じがある。
それは背表紙の鮮やかなブルー、表紙の艶や本文の文字のかすかなインク溜まり、スクラッチかエッチングを用いたような挿絵の黒。そういうものを含めての感覚だ。
本も電子書籍の方向に進んでいくのだろうか。おそらくそうだろう。今の子どもにはこの本はどんな風に写るんだろう。もし現物の復刊を募集するようなことがあれば、わたしは間違いなくこの本を挙げる。







※紫色のインクの跡のようなものは汚れではなく初めから印刷されたもの。




形あるものは朽ちていく。仕方ないけれど、大事に保管すれば私たちの命よりずっと長持ちするものでもある。死んでも作品は残るんだ。
まだ全国でもいくつかの図書館では書庫に保管されており、希望を出せば借りられる。もし機会があればお手に取ってみてください。





余談*前回の記事、紙幣の原料は主に雁皮じゃなくて三椏のようです。謹んで訂正いたします。まる。

2020年1月16日木曜日

無駄のない貧しい世界

京都のジュンク堂がなくなってしまうという悲しみのツイートが知り合いやそうでない人関わらず回ってくる。普段あまり本を読まないわたしは、あれ、どこにあったかな、とgoogle mapを開いた。

いつからか京都市内は大垣書店ばかりになったけれど、調べてみて四条通のあそこだと分かった。行ったのは数えるくらいで美術書をみにいったくらい。最近は図書館を利用するようになったのでますます書店を利用しなくなった。

amazonの勢いはすごい。
中古本まで扱われたんじゃ。
すぐ届くし。

そういえばこの間TSUTAYA行ったけど休日にもかかわらず店内はがらんとしていて敷地も縮小されていた。

映画もすっかり配信が定着してきて、人はますます出不精になるばかり。


少し前から小さな商店でも電子決済が導入されはじめたがこれからはこれが主流になっていくのだろうか。

これからはきっと現金でお店で物を買うことさえ贅沢になる。
雁皮という高級な原料作られた丈夫な紙に職人が手を尽くした精細な印刷が施された紙幣に、素材の違う金属で作られた貨幣、それらを入れるためのさまざまな素材、デザインの機能的な財布...
それらを扱うときの姿勢や仕草までも。

CDやレコード、カセットテープ、ビデオテープにDVD、本に写真アルバム、思い出は全て「もの」とセットになっている。

世の中からどんどん手触りがなくなっていく。



無駄こそ文化
無駄こそ美
無駄こそ人生



無駄のなくなった世の中には何が残るんだろう



無駄を除けば生まれて死ぬだけになってしまうんだろうか、
それとも物質を必要としない形のない純粋を大切にできる世界が待っているんだろうか。





2020年1月11日土曜日

火灯し喫茶すずかげ

生暖かい。
この間ブログを更新したときはめちゃくちゃ寒かったのに、またマフラーが必要ないくらいあたたかくなった。

おとといはネガポジで座敷で歌う夜に出演した。
2020年の歌い染めだったけれど、出来はワンマンで何を学んだんだというくらいポンコツで、とても歌うたいとは言えなくくらいど素人の演奏をしてしまった。歌以前に変な空気にしてしまったなあ。ああかっこ悪い。
それでもライブが終わってからは初めての方ともお話てできてよかった。出会いがあった。実りある日だった。

1年半お休みしている間に、ちょっと強くなったかな、と思う。最近は恥をどんどんさらけ出して失敗しまくっていこう、むしろどれだけ恥をかいたかが全てなんじゃないか、みたいに思えるようになってきた。音楽で有名になれるような器じゃないし、1回1回のライブがまた始めた頃のように大切に感じられるし、1回のライブで1人でも何か感じてもらえたらそれだけでも意味があると心から思える。いや、もう演奏している事実だけでも何もしないよりずっといい。もちろん努力は必要だけど。とにかくどんどんやっていこうという感じで昨日は初めて出演させていただくすずかげさんで演奏をしてきた。


そういえば、活動休止前ももう京都のライブハウスばかりで電車に乗ってライブに行くなんて何年ぶりだろう。ギターを担いで電車を待つと具体的に何か思い出したわけではないけれど、歌い始めたときの空気感がふっとよぎった。




すずかげがあるのは長岡京市。仲間の出演者がこの休止していた期間中にほぼみんな出演していて、深草のAnnie's Cafe とともに注目のお店。勝手に遠そうに感じていたけれど実際に行ってみれば京都駅から電車に乗っている時間は10分ちょっとで思っていたよりすごく近かった。


長岡京市は駅に着いたときがちょうどいい感じの夕暮れ時で、程よく街だけれど高い建物のあまりない、風通りの良い、記憶の中のいつかの景色を思い出しそうなところだった。



すずかげは駅から歩いて10分ほどのところにある雰囲気のいい喫茶店だった。店主の後山さんもとてもステキな歌うたい。2階にある控え室は旅館みたいだった。障子の格子から見える景色は地元のようで実家にいた頃のライブ前の感じを思い出しながら控え室でポロポロギターを弾きながら歌うのが気持ちよかった。





そのうち1階にトリの岩井わいさんが到着されていて、巧みな演奏をされていた。おしゃれだ。その後私もリハをさせてもらったけれど、リヴァーブの量も気持ちよくて演奏しやすかった。一通り挨拶をした後また控え室に戻ったのだけど、1番目に出演の北川知早さんが到着されたらしく、リハが始まって思わず聴き入った。とっても抜けの良い気持ちのいい声が1階から聞こえてきて、私2番目の出演でいいのかな、と思った。

リハを終えて控え室に上がってきた彼女は飾りっ気のない少年のような女の子だった。
おしゃれで肩に力が入ってなくて、まっすぐで堂々としている。
「今日めっちゃ月がまん丸ですね。」と言われてすっかり暗くなった窓の外を探したら正面にまん丸の月が浮かんでいた。(真ん中の丸い点が月。それ以外は室内の明かりが反射したもの)





「弾いてていいですか?」と言った彼女は練習し始めた。それがまた心地よくて、私は座布団を並べて横になりながら彼女の心地よい声に耳を傾けていた。

お客さんが入り始めて、みかんさんことミカコ・ハサウェイさんが観にきてくれた。彼女はほんとに優しいお姉さんでいつもお世話になりっぱなし、2月14日にAnnie's Cafe で共演します。


本編はじまってもやはり北川知早さんは素晴らしくて、ずっとハートを掴まれたままで、聴いてるうちにもどんどん好きになっていった。透明感があってまっすぐで強くてでも全然押し付けがましくなくてピュアでまた MCの声もとてもよくて。すっかりファンになってしまった。また後日彼女のことは書こう。

さて問題の私の演奏だけれど、まだ昨日の続きみたいで少しふわふわしていて、空気を掴みきれないまましばらく演奏していた。ほぐしたくて、お客さんと仲良くなりたくてまたずるずるしょうもないMCをしてしまった。最終的にはなんとかやりきったのだけど、もう少しなんとかできたかなーと思う。58点。(ワンマンは80点、前日の座敷は0点。)

最後に出演されていた岩井わいさんはリハ後到着されたハモニカのtamajiさんと2人での演奏。達者やなー。こんな風に演奏できたら気持ちいいだろうな、と思っていた。そしてこんなに堂々とした演奏なのにMCはすごく謙虚でちょっと自信なさげで人柄がにじみ出ていた。自信のない私の演奏を褒めてくださったのでありがたかった。(tamajiさんは岩井さんの右に座ったはったけど写せなかった)




私の出番前にはネジさんも見に来てくださり、終演後はみんなでワイワイと話しながら楽しく過ごせた。あと、店内BGMが常にすずかげに出演されている方と思われる感じで店主のこだわりを感じてとてもよかった。


ほんとにあったかい日で、はじめましてのお客さんも私の演奏がよかったといってくださり、とても嬉しかった。あと、もっとどん底に暗いと思っていたけど前向きだと思ったしそんなに暗いと思わなかった、と言われた。わたし暗くなくなったのか。演奏の幅をひろげたい。


素晴らしい出会いの夜。これからもがんばれそう。


写真はコーヒーをすする北川知早ちゃん。ああ、可愛い可愛い。愛おしい。





帰りはいつもお世話になりっぱなしのみかんさんに車で送ってもらい、またお世話になってしまった。


ここ最近の心のクサクサにべっとり薬を塗られた気分。がんばれそう。


次のライブは1月24日(金)ネガポジです。
どうぞお越しください。


2020年1月6日月曜日

冬が来た

大晦日あたりから急に冷え込み、それまでが例年に比べて特に暖かかったこともあり、ぶるぶる震えている。此処何年もずっと、マフラーというものをしなかったのだけど、今日とうとう買ってしまった。ものすごく暖かくてなぜもっと早くしなかったのだろう。

此処数日の世界情勢のきな臭さに自分の気持ちが大きく揺さぶられている。
2020年早々、アメリカがイランにかけた攻撃が恐れていたことへの決定的な歩みになったように感じて不安でたまらない。
この年末は体調を崩してテレビ(特番「報道の日」など)を見ながら部屋で一人寝込む時間が長かった。2019年から2020年をまたいだ瞬間にまるで別世界に放り出されたような沈んだ気持ちになっていた。
本当に恐ろしいことを想像したりしてとてもいたたまれなくてテレビのチャンネルを変えるのだけれども、どこの放送局もバラエティばかりで、ニュースでもこのことを1番には報じず、報じても年末の帰省ラッシュのニュースと同じくらいの尺しかなくて欲しい情報が入ってこない。


年末、約7年ぶりにテレビのある生活になったのでひとりでM1を見ていたらNHKの人が受信料の徴収にきた。「なんで今!」と思いつつも、この人も寒い中家を回っているのだな、と思ったのでその場で面倒な手続きを一通り済ませ、ちょうどからし蓮根の出演シーンを丸々見のがした。後日その話をしたらその場にいた人たちから受信料を払ったこと自体におどろかれてしまった。だけど私は公共放送は企業の利害に左右されない唯一の公正な放送局ということで重要だと思っているので、受信料を支払うこと自体への抵抗はない。
それよりも今回のような大事な時に殆どそれを報道していない現状に対しては本当に疑問に思う。

私が幼い頃はこんなだっただろうか。NHKはニュースばかりでつまらない と思っていた。今はむしろそうであって欲しい。民法がバラエティを放送すればいい。私は平和に笑ってテレビを見られるというのはとても素晴らしいと思うし、この文化は日本のいいところでもあると思うからまったく意見はない。緊張感ばかりで殺伐とすることはことをいい方に向かわせるようには思えない。しかしこんな重要なことが起きている時になぜ情報が殆ど入ってこないのか、特番を組んで報道するくらいのことだ。別に凝った体裁にする必要もなく、現地の映像と簡潔な情報のみを淡々とながすだけでも構わない。NHKだけはずっとニュースを流して欲しい。見たいときにニュースを常に見られるチャンネルが一つあって欲しい。


そんなことで最悪のことを想像してしまう。一人暮らしは部屋にじっとしていると気持ちの沈みとともに思考停止状態になる。


昨日はわからん屋のマスターの誕生日、本当に平和なライブだった。しかしこのニュースのおかげで気持ちのどこかは常に沈んでいる。同時に日常の一つ一つがとても大切に思えて、いつも見慣れている女性と握手したときに手のしわの1本1本まで愛おしく、電車の中での見知らぬ人々を見ていても「ああ、この人たちはこれからどこかに帰って行ってそれぞれの大切な人がいるんだなあ」とか考えてしまう。誰かに会わないと。そう思ってライヴの終了後、割と遅かったけどネガポジに向かった。


店に着いたらちょうど人がはけたところで、ゴローさんとシュウくんと樋口くんがいた。ゴローさんとは年始の挨拶をして、すぐに帰って行った。「終わりだったらもういいよ」と言ったけれど二人とも付き合ってくれた。


いつも通り本当にくだらない話を数時間した。
心がすうっと晴れたし頭もクリアになった。
人に会い続けないといけない。なんだかわからないけど直感的にそう思う。沈んでいる場合ではなくて、これまでの日常をつづけながら自分にできるとても小さなことを続ける、それしかできないのだから。平和を続ける、それだけでも意味があるんだと思いながら進んでいくしかない。


これからもいろんな人に会うたびに泣きそうになってしまうかもしれない。
私はこんな風にギリギリまでこれまでと同じように人に会い続けたい。
こんなささやかな日常に「平和」と名前をつけなくていいように。