スケッチをさせてもらっているのだ。
絵を描く行為は「画面に記録する」以上に、目と体が一体化して、
つまり私はそのためにも出入りさせてもらっているのだろう。
9月末に京大から退去期限を通告された吉田寮をモデルとしたNHKの
吉田寮内もイベントが活発化し、
吉田寮は寮だ。
だからあくまで寮に住まう人たちが主役である。
しかしすでにその存在は単なる寮を超えてそれを守ろうとしている
吉田寮を守ることは、ムダがとことん排除される世の中で、
わたしもなにやら自分自身がぽっかりと空いたこのタイミングで出会うべ
ワンダーウォールの脚本を手がけたのは、
渡辺あやさんの作品との出会いの初めは、「ジョゼと虎と魚たち」
なんとなくレンタルしたのだが、正直、
そこからしばらくあいて次はテレビで放送されていたドラマの「
これはなんだか観た直後はそれほど大きな衝撃ではなく、
その時の演技がとても印象的で。
彼女はカーネーションの主役も務めた。
その時の演技も素晴らしかった。他の俳優さんの演技も素敵だった。
そしてやはり脚本がよかったのだ、どうしても離れないシーンがあった。
戦争から帰ってきた心を病んだ幼馴染の母親(
あんたあの子になにゆうたんや、
というかんじのセリフだったと思う。その時の濱田マリさんの演技はもの凄い迫力だった。
また、さらに、印象的だったのは、
私は私で生きて行かなあかんねん
と、それを振り払って進んで行くのである。
視点が行ったり来たりする。
それぞれの気持ちがあってどうしようもなくそうなっていってしま
ワンダーウォールもそんなドラマだ。
明確な悪者は描写しない。
でも何かそれぞれが考えさせられるものになっている。
物語の核から、そして小さなエピソードのひとつひとつから。
それぞれが渡辺あやさんの脚本、ということは実はつい最近知った。
わたしが心掴まれるもののツボのなかで自分自身自覚がある感覚、
それは映画やドラマに限らず。
わたしはその感覚を「透けた眼差し」と呼んでいる。
目の前の社会のことを見透かしてもっと向こう側を捉えている。
渡辺あやさんはそういうものを丁寧に描こうとする脚本家、なのだと思う。
脚本、演技、監督
全ての人にその視点がある時、
奇跡的に生まれるもの。
そういうものは最近少なくなってきているのかもしれない。
そういった意味でもワンダーウォールは貴重な作品だ。
整然とした綺麗でわかりやすい形を求められる世の中ですうっと消えてしまいそうななにかを
消えないで!
私などは求心力も説得力もあるわけでなく吹けば消える小さな存在だが、「人が何かを思う」ということはそれだけですごいことなのだと常々考えているので、私の気持ちが動いていることも自分なりに尊重してみようと思ったのだ。
来週の月曜日、今から3日後、
地上波での放送、楽しみにしている。
9月17日(月・祝)ドラマワンダーウォール
NHK総合
14時〜
わたしもテレビがないので今回は実家に帰って観ます。
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