2018年7月29日日曜日

台風過ぎて

ラストツーマン、終了しました。


共演のICHIさんのライブは
初期の曲から現在の曲までおりまぜたもので、
ICHIさんの心境をなぞることができた。
この人も音楽に救われた人だな、と。



久々に見てくれたコに

「なぜ休むかわからない」

と言われた。



嬉しかったけど、
これでいいのだ。





わからん屋のマスターからは

「歌いたくて歌いたくて仕方ない、というわけではないんやろ」

と言われた。



ちょっと違うけど
うまく答えられなくて伝わらなくて困った。



食べ物が気管支に詰まった感じなので
一回げほげほしたい。
そんな感じ。



しばし籠ります。





またね。







2018年7月26日木曜日

暗闇というお風呂に浸かっている

私が歌い始めて10年ちょっとになる。


同情を買いたいわけでもないのでプレーンなエピソードとして受け止めていただきたく記すのだが、私が歌い始めた時はそれはそれは悲壮感に溢れており、ひどい状況だった。

逃げ道のように歌い始めた歌だったが、その悲壮感をそのまま出すということに抵抗を感じるという妙な冷静さもあり、そういうものはできるだけ抑え、歌詞の中に自分だけにわかる暗号のように気持ちを消化する形で「藤子」という名前で活動を始めた。

体は常に重く横になっているだけでもわけのわからない焦燥感に駆られて冷や汗をかきながら浅い眠りを繰り返すような毎日だった。それを人前でできるだけ出さないように気をはっていたので家に帰るとそのまま倒れこむような状態だった。自分がやっているものが音楽として成立しているのか、他人から受け入れられるものなのかも冷静に判断することもできなかった。けれど、不思議なことに音楽を始めたことがきっかけで、その時々、自分を救ってくれる不思議な出会いが連鎖するようになった。(これはありがたいことに、10年経った今でも継続中である。)

音楽を始めて1年半ほど経った頃だろうか。なんとなく自分の歌の幅を広げたい気持ちや、暗いものをそのままどん底に暗い形で外に出したい気持ち、自分の好きなものではなく自分に合っていることを探りたい気持ち、そんなことから「藤子」とは別名義の「フジコ」というのをはじめた。予想を上回りそれまでよりもさらに人との関わりを広げることになった。暗さは暗さを呼ぶ。その暗さは、暗さに対して親和性のない人からは近づきがたさや抵抗感を持たれているだろうという自覚はある。(実際私のあまりの悲愴っぷりに共演者の人に演奏終了後「大丈夫か?」と声をかけられたこともあった。)しかしその時の自分はまだまだ救われる必要があったし、少数の引き合う人たちとの交流で少しずつ癒されていった。

2011年には音源も作ったし、それを持ち歩いて名古屋や長野にも行かせてもらった。
明後日共演させていただくICHIさんともそんな中出会った共演者の一人だった。
正直、自分がそんな朦朧とした状態で演奏していたものだから、初期の頃の共演者のことというのをあまり覚えていなかったりする。(共演者だけではないか。全体的に自分が存在しているという実感が薄く、他人に自分が見えている感覚が乏しかったかもしれない。)
ICHIさんと初めて出会った時のエピソードといえば、ゆるキャラについて話したことくらい。くまモンがまだブレイクしていなかった頃に、「これはキャラとして完成しすぎているのでゆるキャラではない」だの、「これからはおかざえもんがくる」だの、覚えているのは演奏とは全く関係のないそんな話だ。

ICHIさんと再会...というか、より日常的に存在を認知することになったのは烏丸丸太町のライブハウスSLOW HAND、喫茶てふてふをとりまくお店の方・ミュージシャンの方々とのつながりだった。私はなぜか「烏丸丸太町の壇蜜」という謎の異名をつけられ、(音楽に関わる場が唯一自分に女であることを許していたようなところがあったので逆に自分がそんなに媚を売っているように見えるのかと少々不安になったが)自分の存在をなんらかの形でイジってもらえたことによって、自分の居場所を与えられたような安心感を感じたものだ。

ICHIさんは、私なんかのなよっちいものではなく、相当波乱万丈な人生だったのだろう、と歌を聴いているだけでも伝わってくる塊がある。暗い、という言葉でひとまとめにすることに抵抗があるが、ICHIさんの音楽は日常の煩わしい喧騒から身を隠す闇の持つ優しさが充満しており、重い中にもなぜが安心感を覚えてしまうミュージシャンだ。だから今回ツーマンのお話をいただいた時にとても嬉しかった。

私が休業宣言をしてしまったばっかりに、ツーマンをラストブッキングライブと重ねてしまって申し訳なかったが、いまの私にできることをしたいと思う。

私も随分元気になった。体が動くというのは、感情が動くというのは本当にありがたい。
だからといって心の底の薄暗い部分が消えたわけではないし、消そうとしてはいけないのだと思う。
それはすでに私の性格の一部になっているだろうし、人の痛みに対する想像力を得るためには今の自分に不可欠なものである。
ただ、やはりこのままのかたちで音楽を続けていくにも限界を感じる。過去の自分に負けている気がする。
残る部分もあるだろうが、今回のこの休止により、いまの自分に合った形を模索していきたいと思っている。



明日のライブ、ぜひ来てくださいという文章にする予定だったのだが、
台風がなんというタイミングか、直撃しそうな予報が出ている。
無理はしないでください。
でも来ていただけたらとても嬉しい。


よろしくお願いします。


7月28日(土)
京都烏丸丸太町SLOW HAND
ICHI・フジコツーマンライブ
19時オープン、19時半スタート
チャージ1500円+オーダー





2018年7月17日火曜日

ライブ活動休止します。

突然ですが
ライブ活動を休止することにしました。

ある日突然湧き上がった思いでしたが一晩考えてSNSで発信しました。
思っていたよりも反応していただき、おかしな表現かもしれませんが、

あ、みんなと同じ時間軸に生きているんだな、と実感しました。


決めたのは一晩ですが薄々考えていたことなのだと思います。


いつも自分の真意を伝えることに苦労しますので、
不義理を働いている皆さまには申し訳ありません。


一人で決めて急に全体に発信しましたが後悔はしていません。
みんなから色々と意見をいただくとまた続けてしまいそうだったので。


それでも良かったのかもしれません。
でもここで一旦区切りをつけることにしました。


理由は単純なことで
自分のライブが許せなくなってしまいました。


これも結局自分の感覚ですので、休んだからといって
再開した時に客観的にみれば何も変化しておらず
じゃあ休まなくても良かったのではないか、
となる可能性も否定できません。

でも、誤解を承知で言いますと

自分のためにうたっています。


誰に頼まれたわけでもないのに
人に聴いてもらうために曲を勝手に作り、
ライブハウスという場を与えていただき、
足を運んでいただく。


頼まれてもいないのに自分の納得いかないものを
大きな労力をかけて続けることで
このままいけば
空白の時間がただ流れるだけで
自分にとって歌うことそのものの意味が
完全に失われてしまうのではないかと思いました。


ただ、これまでのライブを適当にこなしていたわけではありません。
もがいてももがいても成果が結果に現れている実感がなくなってしまいました。

歌い始めた頃はそんなことなかったと思います。



わがままで始めたことを
わがままでやめるので
他人から見ればどうでもいいようなことだとは思います。
これは来ていただいたお客さんやお店の方、気にしていただいている方のみに
向けて発信しています。


自分に嘘つかないために休止するので、
再開する時は少なくとも、自分が納得して始めるはずです。
やっぱりがっかりしたとしても
休んでうまくいかなかったら今度はまた別の方法でもがきます。


休んでいる間は、自分の生活基盤の方を整えながら、
飛び入りなどで演奏することは続けていくつもりです。
またtwitterなどで飛び入り出没情報など発信するかもしれませんので
ご興味あれば一緒に飲みましょう。


ライブ活動をはじめて約10年間
お世話になりました。
案外早く帰ってくるかもしれませんが
今度はいつと言えません。


このブログは続けていこうと思います。
音楽のこと以外のことが中心になっていくかもしれませんが、
ゆるーくおつきあいくださいませ。



不思議なもので、休止するという宣言をしてこの数日、
とても歌い始めた時と似た感覚を取り戻し始めているような気がします。



辛気臭い文章になってしまったかもしれませんが
おつきあいありがとうございました。



7月28日は音楽を始めたSLOW HANDで
うたうたいICHIさんとのツーマン、
その後は、コーラスで参加させていただいた
稲冨英樹さんと小池克典さんのユニットのレコ発で
秋頃に歌わせていただくのが一旦最後になります。







まずはツーマン、ぜひお越しくだいませ。
おまちしております。

2018年7月5日木曜日

何もできない日

一昨日の夜から本当に動けないでいる。
昨日は仕事には行ったし最低限のやらなければならないことはやった。
しかしやらなければならないことがやりたいことを上回るのは本望ではないな。
ぶつぶつ。


8年ほど前にメニエール病と診断を受けて以来低気圧というのがどうも苦手だ。
(メニエールのめまい症状はもう何年も出てないので治ったのだと思います。)
まずは気を紛らわせて動くためにこんな時間になっているが体を起こしてブログを無理やり書いている。

何もない内容に成るだろうけどあまりに時間が余っていて時間をつぶす方法が他にない人だけお付き合いいただきたい。

さて、何を書こうか。

夢の話もいいな、こどもの頃のぬいぐるみの話や螺旋の話でもいいな、でもどれも労力が要りそうだな。


せっかくだからもっとどうでもいい話にしよう。
部屋を見回してネタを…
とりたてて人の興味を引きそうなものもないし…
タオル…

私は大概自分のどうでもいいと思うことに他の人がこだわっていても気にならない方なのだが、それはおそらく私にもそういう部分があって、そのこだわりが守られなかった時の落ち着かなさがわかるからであろう。
私のは本当に軽いものだが、人によってはこれが許せない、あれがストレス、というのはなんとなく想像がつく。

例えば、私は安い同じ種類のタオルを何枚も買っており、
色が白いものは台所用、ベージュのは体を拭く用、などと決めている。
さらに、ベージュの中でも端のももけているもの(やすいタオルであるがゆえ、おろしたてでも端の縫い目からももけたりする)は髪を拭くのには使わない、だとか。理由は特にない。


そしてそのルールに従っている時はそれに関する行動が非常にスムーズにいく。
例えば、タオルをたたんでしまう時に色分け、さらにももけ分けしてたたむなど。
だからできれば創作に直接関わる部分以外は全てルール化して目をつむっていてもオートマティカルに一定時間で全て完了する業務にしてしまいたいのである。


そしてここからが難しいのだが、私はどういう訳か具体的な物事を中長期的に記憶することが著しく苦手である(文字列になっているような情報)。だから一度決めたルールを忘れてしまったりする。定着するまでが大変なのだ。だから一度部屋が散らかり、それが長引くと片付けるのがとても大変になる。


あるときからあまりに忘れるのでメモ用ノートを持ち歩いたり、ペンと紙切れを持ち歩くようになった。部屋にいるときも、今日やることや決めたことを書くのだが、問題はそのメモをどこにしたのかわからなくなってしまうのだ。
おかげでノートもスケッチブックも数だけ増えてとりとめがない。
しまいには自分の行動の中心になるようなメモや、失くしてはいけない大事な郵便物などをマスキングテープで壁に貼るようになっていた。
しかしそのうち壁もいっぱいになってきたので先日思い切って大部分を剥がした。
うーん、すっきり。



今壁に貼ってあるものは
・バイトのシフト表
・公共料金の督促状
それから


「起きてから寝るまで立ち止まらない」


と毛筆で書かれた自分のメモ。





さて、明後日はCAFEすずなりで久々にライブをします。
wanDerさんは何度もお会いしていますが対バンは初めまして、
まほろばシスターズさんも初めまして、です。
レアな日になるでしょう。

黒ずくめではなくカフェに似合うような出で立ちで演奏したいと思います。

7月7日(土)
@麩屋町五条上ルCAFEすずなり
出演
◼︎マホロバシスターズ
◼︎wanDer
◼︎フジコ
18:00オープン、19:00スタート
チャージ¥1,500+飲食代


ご飯がとっても美味しいです。
21時音止めですので、終わってからゆっくりお酒でも飲みましょう。






ずいぶん落ち着いてきたので
ももけてないタオルをもってシャワーでも浴びに行こうかな。